デジタルデバイド解消に貢献するGovTech 公共サービスへのアクセスを容易にする技術と現場の連携
導入:公共サービスのデジタル化とデジタルデバイド
近年、行政手続きや情報提供の分野でデジタル技術の活用が進んでいます。これはGovTech(ガブテック)と呼ばれ、政府や自治体が国民・住民サービスの向上を目指す取り組みとして注目されています。オンラインでの手続きや行政情報のデジタル化は、利便性の向上や効率化に大きく貢献する可能性を秘めています。
しかしながら、この公共サービスのデジタル化は、同時に新たなデジタルデバイドを生む可能性も指摘されています。スマートフォンやパソコンの操作に不慣れな方、インターネット環境がない方、情報にアクセスするための支援を必要とする方々にとって、サービスのデジタル化がかえって障壁となり、必要な情報やサービスから取り残されてしまう事態が発生しうるためです。
こうした状況において、高齢者や障がいのある方々など、デジタルデバイドに直面しやすい人々に寄り添い、支援を提供されているNPO職員や関係者の皆様の役割はますます重要になっています。本稿では、GovTechを構成する技術がどのようにデジタルデバイド解消に貢献しうるのか、そして支援現場でどのように活用され、行政との連携がどのように進められるべきかについて解説します。
GovTechを支える技術とデジタルデバイド解消への貢献
GovTechの推進には様々なデジタル技術が利用されていますが、その中でもデジタルデバイド解消に特に役立つ技術や考え方があります。
- アクセシブルなウェブサイト・アプリケーション開発: 公共サービスのオンライン窓口となるウェブサイトやアプリは、誰でも容易に利用できる設計である必要があります。高齢者の方には文字サイズの調整や簡単な操作、障がいのある方には音声読み上げ機能への対応やキーボード操作のみでのアクセスなど、様々な利用者のニーズに応じた配慮が不可欠です。これはウェブアクセシビリティという考え方に基づいており、専門的な基準(例えばWCAGなど)が定められています。技術的には、HTML、CSS、JavaScriptなどのウェブ標準技術を適切に利用し、補助技術(スクリーンリーダーなど)との互換性を確保することが重要です。
- 対話型AI(チャットボット): FAQへの回答や簡単な手続きの案内など、定型的な問い合わせ対応にAIチャットボットが活用されています。これにより、電話がつながりにくい時間帯でも情報を得られたり、文字入力が難しい場合は音声入力で質問したりすることが可能になります。自然言語処理技術の向上により、より人間の言葉に近い対話が可能になりつつあり、専門用語を避けたり、分かりやすい表現で情報を提供したりする工夫がデジタルデバイド解消につながります。
- オンライン本人確認(eKYC)やデジタルID: 行政手続きでは本人確認が必須ですが、これをオンラインで完結させる技術が進んでいます。マイナンバーカードの公的個人認証機能や、スマートフォンのカメラを使った顔認証と身分証の照合などがあります。これにより、役所に行かなくても手続きが可能になります。デジタルIDはオンラインでの活動を安全かつ容易にする基盤となりますが、利用方法が複雑であったり、必要な機器(スマートフォンなど)を持っていなかったりする方への配慮が課題となります。
- 遠隔サポート技術: パソコンやスマートフォンの操作に困っている方に対し、画面共有や遠隔操作を行う技術です。これは、役所や支援施設に出向くことが困難な方へのオンライン手続き支援に有効です。ウェブ会議システムや専用のリモートデスクトップツールなどが利用されます。
これらの技術は単体で利用されるだけでなく、組み合わせて提供されることで、多様なニーズを持つ人々が公共サービスへアクセスする際の障壁を低減させる可能性を持っています。
具体的な活用方法や導入事例
GovTechの技術が現場でどのように活用され、デジタルデバイド解消に貢献しうるのか、いくつかの例を挙げます。
- NPOによるオンライン手続き支援の効率化: NPOの支援員が、高齢者や障がいのある方の自宅を訪問、またはオンラインで繋がり、マイナポータルなどの行政手続きサイトの操作をサポートする際に、前述の遠隔サポートツールを利用することで、よりスムーズかつ非対面での支援が可能になります。画面共有を見ながら具体的な操作方法を指示したり、同意を得た上で代理操作を行ったりすることができます。
- 行政情報の分かりやすい提供: 自治体のウェブサイトにAIチャットボットを導入し、専門用語が多い行政の情報を、日常会話に近い言葉で質問・回答できるようにする事例が見られます。「引っ越しをしたのですが、何か手続きが必要ですか」といった自然な問いかけに対し、関連する手続きや必要な書類、窓口の情報を提示するなどです。これにより、ウェブサイトの構造を理解したり、複雑な専門用語を読み解いたりすることが難しい方でも、必要な情報にたどり着きやすくなります。
- デジタル申請サポート体制の強化: 自治体の窓口や、連携する市民活動センターなどに、タブレット端末とオンライン申請用のサポートツールを設置する事例も考えられます。操作方法に不安のある方が、その場で支援員の助けを得ながらオンライン申請を完了させることを目指します。ここでは、アクセシビリティに配慮された申請フォームや、分かりやすい入力補助機能を持つシステムが有効です。
- デジタルID活用における伴走支援: マイナンバーカードの取得や、健康保険証との紐付け、公金受取口座の登録など、デジタルIDに関連する手続きは複雑に感じられることがあります。NPOなどが、手続きのデジタル化が進む中で、これらの設定方法に関する研修会を開催したり、個別の相談に応じたりすることで、デジタルIDを活用したより簡便な行政サービスへのアクセスを支援することができます。
これらの事例は、技術そのものが解決策となるだけでなく、それを活用するための現場でのサポートや、利用者の立場に立った情報提供が不可欠であることを示しています。
実装上の課題と解決策、考慮事項
GovTech技術の導入・活用を進めるにあたっては、いくつかの課題が想定されます。
- 利用者のデジタルリテラシーの差: 技術を導入しても、利用者がそれを使いこなせなければ意味がありません。オンラインでの手続きや情報アクセスに不慣れな方々への丁寧なサポート体制が必要です。解決策としては、操作方法に関する分かりやすいマニュアル作成、動画チュートリアルの提供、そして対面や電話での相談窓口の維持・強化が挙げられます。NPOなどが実施するデジタル講座との連携も有効です。
- 技術習得の壁(支援者側): NPO職員や支援員自身が新しい技術の使い方を習得する必要が生じます。これには研修機会の提供や、サポート体制の整備が必要です。行政側が支援機関向けに、最新のオンラインサービスに関する説明会や操作研修を実施することも有効な連携方法です。
- コストとリソースの制約: 高度なGovTech技術の導入や、アクセシビリティへの徹底的な対応には、相応のコストがかかります。また、それを運用・サポートするための人的リソースも必要です。限られた予算の中で効果的な支援を行うためには、オープンソースのツールを活用したり、複数の機関でリソースを共有したりすることも選択肢となります。
- セキュリティとプライバシーへの不安: オンラインでの手続きや情報共有には、常に情報漏洩や不正アクセスのリスクが伴います。利用者が安心してサービスを利用できるよう、適切なセキュリティ対策が講じられていること、そしてその対策について利用者にも分かりやすく説明することが重要です。個人情報の取り扱いに関する方針を明確に示し、透明性を確保する必要があります。また、オンラインでの手続きに抵抗がある方のために、従来の対面や郵送での手続き方法も維持するなど、代替手段を保証することも考慮すべき点です。
- 情報へのアクセス格差: デジタル化された情報やサービスが存在しても、それを知る機会がない方々もいます。ウェブサイトやSNSだけでなく、地域の広報誌、回覧板、掲示板、そして地域の集まりなどを通じたオフラインでの周知活動も依然として重要です。NPOなどが地域住民への情報伝達のハブとなることも期待されます。
まとめと今後の展望
GovTechは、公共サービスの利便性を向上させる大きな可能性を秘めていますが、その恩恵が一部の人々に限定されないよう、デジタルデバイド解消への配慮が不可欠です。アクセシブルな技術開発、利用者のニーズに寄り添ったサービス設計、そして技術を活用するための現場でのきめ細やかなサポートが組み合わさることで、真にインクルーシブなデジタル公共サービスが実現します。
NPO職員や関係者の皆様は、技術の専門家ではなくとも、デジタルデバイドに直面する人々の声を行政に届け、現場での具体的な課題を行政と共有する上で非常に重要な役割を果たします。また、最前線で利用者のデジタル活用をサポートする役割も担っています。
今後、GovTechの進化とともに、多様な技術が公共サービスに導入されていくでしょう。その過程で、技術開発者、行政、そしてNPOや地域住民が連携し、それぞれの知見を共有していくことが、デジタルデバイドを克服し、誰一人取り残されない社会を築くための鍵となります。ぜひ、本稿で紹介したような技術や考え方を参考に、日々の活動の中で行政との連携や、新たな支援方法の検討を進めていただければ幸いです。さらなる情報収集のためには、政府や自治体が公開しているデジタル化推進に関する資料や、ウェブアクセシビリティに関する専門機関の情報などを参照することも有効です。