現場で活用する分散型台帳技術(DLT) デジタルデバイド解消における信頼できる情報共有とサービス提供
はじめに:デジタルデバイド解消における信頼性の課題
デジタルデバイドの解消に向けた活動は、多くの場合、地域に根ざしたNPOや支援団体の方々によって支えられています。高齢の方や障がいのある方々が安心してデジタル技術を利用できるよう、日々様々なサポートが行われています。
その中で、情報の「信頼性」や「透明性」、そして関係者間での「安全な情報共有」は、非常に重要な課題となります。例えば、個人のスキルや活動実績を適切に記録・共有したい場合、支援対象者の同意を得た上で、必要な個人情報や証明書を複数の関係機関が連携して活用したい場合など、情報の正確性と安全性の確保は欠かせません。
これらの課題に対し、近年注目されている「分散型台帳技術(DLT)」が、新たな解決策をもたらす可能性を秘めています。この技術は、インターネット上の参加者同士でデータを共有・管理し、そのデータが改ざんされにくいという特徴を持っています。今回は、このDLTがデジタルデバイド解消の現場でどのように活用できるのか、具体的な視点からご紹介します。
分散型台帳技術(DLT)とは? デジタルデバイド解消への貢献
分散型台帳技術(DLT: Distributed Ledger Technology)とは、特定の管理者を持たず、ネットワーク上に分散された複数のコンピューター間でデータを共有し、参加者全体で記録を管理する仕組みです。代表的なものに「ブロックチェーン」があり、これはDLTの一種です。
DLTの大きな特徴は以下の点にあります。
- 非中央集権性: 特定の組織や個人がデータを独占的に管理するのではなく、ネットワーク上の参加者全体でデータを共有・検証します。これにより、一部の管理者に依存することなく、システム全体の信頼性を維持しやすくなります。
- 改ざん耐性: データはブロックとして連結され、過去のデータとの整合性を保つ形で記録されます。一度記録されたデータを後から改ざんすることは非常に難しく、データの正確性や信頼性が高まります。
- 透明性: ネットワーク上の参加者は、原則として全ての取引履歴を閲覧できます(プライベートな情報は除く)。これにより、情報の流れや記録が透明になります。
これらの特性は、デジタルデバイド解消の現場において、以下のような形で貢献し得ます。
- 情報の信頼性向上: 支援活動の記録や、個人のスキル・資格情報などをDLT上で管理することで、情報の改ざんを防ぎ、必要な時に信頼できる情報として活用できます。
- 安全なデータ共有: 支援対象者の同意に基づき、必要な範囲で情報を複数の支援機関や関係者間で安全かつ透明性高く共有できる可能性があります。
- 新たな価値交換の実現: 地域内でのボランティア活動や助け合いを「見える化」し、これを基にした地域独自のポイントや通貨の発行・流通を安全に行う基盤となり得ます。
現場での具体的な活用方法や導入事例
DLTの特性を活かした、デジタルデバイド解消の現場での具体的な活用方法をいくつかご紹介します。
- 地域活動・スキルのデジタル証明: 地域住民やボランティアが行った支援活動(例:高齢者の話し相手、買い物代行、デジタル機器の使い方教室など)の記録を、本人の同意を得てDLT上に記録します。これにより、活動実績が客観的に証明され、地域内での信頼構築につながります。また、取得したスキル(例:スマートフォンの基本操作、オンライン会議ツールの利用方法)をデジタル証明として記録することも考えられます。これは、就労支援や、地域内での助け合いスキルのマッチングを行う際に役立ちます。例えば、「〇〇さんはスマートフォンのLINEの使い方を教えることができます」といった情報を、信頼できる形で共有し、支援を必要とする人とスムーズにつなげることが可能になります。
- 地域通貨・地域ポイントシステム: 地域内でのサービス提供(例:高齢者宅の見守り、電球交換など、デジタルスキル以外の支援も含む)に対して、DLTを基盤とした地域独自のポイントや通貨を付与する仕組みを構築します。このポイントは地域内の店舗での買い物に利用できるなど、地域経済の活性化につながります。参加者は自分の貢献が「見える化」され、それが地域内で価値を持つことで、活動のモチベーション向上も期待できます。デジタルに不慣れな方でも、サポートを受けながらスマートフォンアプリやカード等でポイントの付与・利用ができるように設計することで、デジタルでの価値交換に慣れるきっかけにもなります。
- 同意に基づいた情報連携基盤: 複数の支援機関(NPO、社会福祉協議会、医療機関など)が連携して一人の支援対象者をサポートする場合、情報共有は必須です。DLTを活用することで、支援対象者本人の同意に基づき、どの機関に、どのような情報(例:必要な配慮、緊急連絡先、過去の支援履歴の一部)を共有するかを、透明性高く管理できる可能性があります。これにより、支援対象者が同じ説明を何度も繰り返す負担を軽減し、よりスムーズで質の高い支援を提供することが期待されます。プライベートチェーンなど、特定の参加者のみがネットワークに参加できる形態をとることで、情報共有範囲を限定し、セキュリティを高める工夫も可能です。
これらの活用方法は、まだ実証段階にあるものも多いですが、DLTの「信頼性」「透明性」「改ざん耐性」といった特徴が、現場の様々な課題解決に貢献しうることを示しています。
実装上の課題と解決策、考慮事項
DLTをデジタルデバイド解消の現場で活用しようとする場合、いくつかの課題と、それに対する考慮が必要です。
- 技術的な理解と習得の難易度: DLTの概念や仕組みは、技術専門家でない方にとっては理解が難しい場合があります。
- 対応策: 現場の担当者や利用者向けに、技術の仕組みそのものよりも、「それが何に役立つのか」「どう使うのか」といった実践的な側面に焦点を当てた、分かりやすい研修や説明会を実施することが重要です。イラストや具体的なユースケースを用いた解説が効果的です。
- コスト: DLTシステムの開発、導入、運用には一定のコストがかかる可能性があります。
- 対応策: ゼロから独自のシステムを開発するのではなく、既存のオープンソースのDLTプラットフォームを活用したり、クラウドベースのDLTサービスを利用したりすることで、初期コストを抑えることができます。また、複数のNPOや支援団体が共同でシステムを導入・運用することで、コスト負担を分散させることも有効です。助成金や補助金の活用も視野に入れるべきです。
- プライバシーと個人情報保護: DLTは情報の透明性が高い反面、個人情報を含むデータをどのように扱うか、慎重な検討が必要です。一度記録された情報を削除することが難しい(または複雑な手順が必要になる)特性もあります。
- 対応策: 個人を特定できる情報はDLT上に直接記録せず、ハッシュ値(元のデータから計算された一意の短い文字列)のみを記録し、実際のデータは別途、厳重に管理されたデータベースで保管するといったハイブリッドなアプローチが考えられます。また、参加者を限定した「プライベートチェーン」を利用したり、データの暗号化、アクセス権限管理を徹底したりするなど、設計段階からプライバシー保護を最優先にする必要があります。個人情報保護法などの関連法規制を遵守することは言うまでもありません。
- 法規制への対応: DLTを活用したサービスによっては、資金決済に関する法律や個人情報保護法など、既存の法規制に該当する場合があります。
- 対応策: サービス設計の初期段階から、弁護士などの専門家と連携し、適用される可能性のある法規制を確認し、遵守できる体制を構築することが不可欠です。
- スケーラビリティとパフォーマンス: 利用者数や取引量が増加した場合に、システムが安定して動作するか、応答速度は十分かといった性能の問題も考慮が必要です。
- 対応策: 利用規模を想定し、それに応じた処理能力を持つDLTプラットフォームを選択することが重要です。また、システムの設計や運用方法を工夫することで、パフォーマンスを最適化する努力が必要です。
これらの課題は存在しますが、技術の進化や、先行事例からの学びを通して、克服していくことが可能です。現場のニーズと技術の特性をよく理解し、慎重に検討を進めることが成功の鍵となります。
まとめと今後の展望
分散型台帳技術(DLT)は、まだデジタルデバイド解消の現場においては馴染みが薄いかもしれません。しかし、その持つ「信頼性」「透明性」「改ざん耐性」といった特徴は、地域での情報共有やサービス提供において、従来の仕組みにはなかった新たな可能性を開くものです。
例えば、地域の助け合い活動を「見える化」して活性化したい、複数の支援機関で安全に情報を共有したい、地域独自の経済圏を作りたい、といった現場の具体的な課題に対して、DLTがどのように貢献できるか、という視点でこの技術を見ていただければ幸いです。
すぐに大規模なシステムを導入することが難しくても、小規模な実証実験(PoC: Proof of Concept)から始めることや、既に存在するDLTを活用したプラットフォームの利用を検討するなど、様々なアプローチが考えられます。
デジタル技術は日々進化しています。DLTのような新しい技術についても、その本質を理解し、それがどのように現場の課題解決に役立つのかを探求していく姿勢が、デジタルデバイドのない包摂的な社会を実現するためには重要であると考えます。
この記事が、皆様の活動の中で、DLTの活用可能性について考えるきっかけとなれば幸いです。さらに深く情報収集を進めたい場合は、DLTやブロックチェーンに関する信頼できる技術情報サイトや、関連分野(地域活性化、社会福祉、IT技術など)の専門家にご相談いただくことをお勧めいたします。