誰もが取り残されない金融サービスへ デジタルデバイド解消に貢献する技術と現場の取り組み
デジタルデバイドがもたらす金融サービスへのアクセス格差
近年、銀行手続きや支払い、資産管理など、様々な金融サービスがデジタル化されています。これは利便性の向上に繋がる一方で、デジタルデバイスの操作に不慣れな方、通信環境が十分に整っていない方、サービスの利用方法に関する情報にアクセスしにくい方々にとって、新たな障壁となり得ます。いわゆる「デジタルデバイド」が、金融サービスへのアクセス格差、すなわち「金融包摂(Financial Inclusion)」における課題としても顕在化しているのです。
金融包摂とは、全ての人が適切かつ手頃な価格で金融サービスにアクセスし、利用できる状態を指します。デジタル化が進む現代において、デジタルデバイドはこの金融包摂を阻害する大きな要因の一つと言えます。NPO職員や関係者の皆様が、デジタルデバイドに直面する方々への支援に取り組む中で、金融サービス利用に関する困りごとに遭遇することも少なくないのではないでしょうか。
この記事では、最新の技術や研究が、どのようにこの金融サービスにおけるデジタルデバイド解消に貢献しうるのか、そして支援現場でどのようにその知見やツールを活用できるのかについて、具体的な視点から解説します。
金融包摂に貢献する技術とデジタルデバイド解消への可能性
金融サービスへのアクセス障壁を下げるために活用できる技術はいくつか存在します。ここでは、専門的な知識がなくても理解できるよう、その概要と可能性をご紹介します。
1. アクセシブルなユーザーインターフェース(UI)/ユーザーエクスペリエンス(UX)
デジタルサービスの「使いやすさ」を設計する技術です。特に高齢者や障がいのある方にとって、スマートフォンの小さなボタン、複雑なメニュー構造、分かりにくい表現などは大きな障壁となります。アクセシブルなUI/UXデザインでは、大きなボタン、読みやすい文字サイズ、シンプルな操作フロー、直感的に理解できるアイコンなどが重視されます。また、ウェブサイトやアプリが、スクリーンリーダー(画面の情報を音声で読み上げるソフトウェア)や拡大表示機能などの補助技術に対応していることも重要です。
- デジタルデバイド解消への貢献: デジタルサービスそのものが分かりやすく、操作しやすくなることで、利用者の習得負担を減らし、自立した利用を促進します。
2. 音声認識・音声合成技術
人間の音声を認識してテキストに変換したり、テキストを音声で読み上げたりする技術です。金融サービスでは、音声による振り込み指示や残高照会、あるいはサービスの利用規約や手続きの説明を音声で聞くといった応用が考えられます。
- デジタルデバイド解消への貢献: 視覚的な情報処理が苦手な方や、文字入力が難しい方でも、音声を通じてサービスを利用できるようになります。複雑な情報を音声で分かりやすく提供することも可能です。
3. 生体認証技術
指紋、顔、声紋など、個人の身体的特徴を用いて本人確認を行う技術です。オンラインバンキングや決済サービスでのログイン、取引承認などに利用されています。従来のID・パスワード入力に比べて、覚える必要がなく、なりすましのリスクも低いとされています。
- デジタルデバイド解消への貢献: パスワードの管理や入力が困難な方にとって、安全かつ容易にサービスへアクセスする手段となります。セキュリティへの不安を軽減し、安心して利用できる環境を提供します。
4. 非接触・簡便な決済技術
QRコード決済やICカード決済など、物理的な現金の受け渡しを伴わない決済技術です。特にNFC(近距離無線通信)を利用したタッチ決済は、カードやスマートフォンをリーダーにかざすだけで決済が完了するため、操作が非常に簡便です。
- デジタルデバイド解消への貢献: 現金の管理が難しい方や、細かい計算が苦手な方でも、容易かつ正確に支払いを済ませることができます。小銭のやり取りが不要になることで、レジでの心理的負担も軽減されます。
現場での具体的な活用方法や導入事例
これらの技術は、金融機関自身がサービスを開発・提供する際に考慮すべき点ですが、支援現場においても、これらの技術を取り入れたサービスをいかに利用者に「橋渡し」するかが重要になります。
1. アクセシブルデザインのサービス選定と紹介
支援対象者に金融サービスを紹介する際、アクセシビリティに配慮されたデザインのサービス(スマートフォンアプリやウェブサイト)を優先的に提案することが考えられます。例えば、ボタンが大きい、文字サイズ変更が容易、操作手順がシンプルなどの特徴を持つサービスです。事前にNPO内でいくつかのサービスを試用し、使いやすさを評価するのも良いでしょう。
2. 音声操作・読み上げ機能の活用支援
利用者が使用しているデバイスやサービスに、音声認識や音声合成機能が搭載されている場合、その機能を活用したサービス利用方法を教える支援を行います。例えば、スマートフォンの音声入力を利用して検索する方法や、ウェブサイトの読み上げ機能を使って情報を得る方法などです。
3. 生体認証設定のサポート
スマートフォンやパソコンで生体認証(指紋認証や顔認証)を設定するサポートを行います。これにより、利用者がパスワード管理の負担なく、セキュリティを保ちながらサービスにアクセスできるようになります。設定手順を分かりやすいマニュアルにするなどの工夫も有効です。
4. 非接触決済ツールの利用促進と安全啓発
交通系ICカードやQRコード決済アプリなど、簡便な非接触決済ツールの利用方法を教える講座や個別支援を実施します。同時に、利用上限額の設定方法や、不審なQRコードへの注意喚起など、安全に利用するための啓発も丁寧に行うことが不可欠です。
5. 対面支援とデジタルツールの組み合わせ
オンライン手続きが難しい利用者に対し、窓口での手続きに同行したり、オンライン申請を一緒に行ったりする支援は引き続き重要です。その際、オンライン手続きの画面を大きなディスプレイに表示する、音声読み上げツールを併用するなど、デジタルツールを対面支援の効果を高めるために活用します。また、利用者が自宅で困った時に、簡単な操作ガイド動画を視聴できるようにしておくことも、自立を促す一助となります。
実装上の課題と解決策、考慮事項
金融包摂に貢献する技術を現場で活用する際には、いくつかの課題が考えられます。
1. コストとデバイス普及
最新技術に対応したデバイス(高性能なスマートフォンやタブレット)の価格が障壁となる場合があります。また、支援側が多様なデバイスやOSに対応したサポート体制を整えることもコストや労力がかかります。
- 対応策: 中古デバイスの活用、安価で必要十分な機能を持つデバイスの選定、自治体や企業によるデバイス貸与プログラムの活用促進などが考えられます。また、特定の標準的なデバイスやOSに絞って集中的にサポートスキルを高めることも一つの方法です。
2. 習得難易度と情報提供
新しい技術やサービスの操作方法を覚えることに抵抗を感じる方や、認知機能の特性から習得に時間がかかる方もいらっしゃいます。金融サービスは正確性が求められるため、誤操作のリスクを減らすための丁寧な情報提供が必要です。
- 対応策: 短時間で区切った繰り返し学習、利用者のペースに合わせた個別指導、具体的な操作画面を示しながらの説明、専門用語を使わない平易な言葉でのマニュアル作成、動画マニュアルの活用などが効果的です。成功体験を積み重ねられるように、簡単な操作から始めることも重要です。
3. セキュリティとプライバシーへの懸念
オンラインでの金融取引は、セキュリティやプライバシーに関する潜在的なリスクが伴います。フィッシング詐欺や不正アクセスなどへの不安から、デジタルサービスの利用をためらう方も少なくありません。
- 対応策: 利用者に対して、セキュリティ対策の重要性とその具体的な方法(二段階認証の設定、不審なメール・メッセージの見分け方など)を繰り返し、根気強く伝えることが不可欠です。また、利用するサービスがどのようなセキュリティ対策を講じているのか、どのような情報がどのように扱われるのかを、可能な限り分かりやすく説明し、利用者の不安を軽減する努力が必要です。支援者自身が最新のセキュリティ情報にアップデートしておくことも重要です。
4. サービスの継続性と変化
金融機関の提供するデジタルサービスは、アップデートや仕様変更が頻繁に行われることがあります。これにより、一度覚えた操作方法が使えなくなったり、画面表示が変わったりして、利用者が再び混乱する可能性があります。
- 対応策: サービスの変更情報をいち早く察知し、支援対象者へ周知する方法を確立することが望ましいです。サービス提供者側へアクセシブルな変更情報提供を働きかけることや、変更内容に対応したサポート方法を迅速に開発・共有することも支援現場に求められます。
まとめと今後の展望
金融包摂におけるデジタルデバイドの解消は、単に技術を導入するだけでなく、それをいかに人間の支援と組み合わせ、利用者の特性やニーズに合わせて調整していくかが鍵となります。アクセシブルなUI/UX、音声認識、生体認証、簡便な決済技術などは、金融サービスへのアクセス障壁を下げる強力なツールとなりえます。
NPO職員や関係者の皆様には、これらの技術動向に関心を持ちつつ、自らの支援対象者がどのような点で困っているのか、どのような技術であれば活用できそうなのかを、現場の視点から見極めていただきたいと思います。そして、金融機関などのサービス提供者に対して、利用者の声や現場の課題をフィードバックしていくことも、より良いサービス開発に繋がる重要な役割です。
デジタル技術は日々進化しており、金融サービスも例外ではありません。全ての人が安心して、そして便利に金融サービスを利用できる社会の実現に向けて、技術の可能性を探求し、現場での実践を重ねていくことが求められています。この記事が、その一助となれば幸いです。